物語の想像力と現実

4月も間近だという時期に雪が降り、雪が理由だからではないが部屋で本を読む。本のタイトルは「プロジェクトぴあの」。5年半前にPHP研究所から刊行されており、早川書房から文庫版として改めて出ることとなった。
PHP研からの刊行当時に一度読んでいる物語なのでそんなに急ぐつもりはなかったが、これを「山本弘ハードSFの最終決算」と銘打たれてしまうとつらい。

▼「これは "ハードSF作家・山本弘" の遺書だと考えてください。」『プロジェクトぴあの』著者あとがき全文公開
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氏による著作「地球移動作戦」の前日談でありながら、後の展開が決まっている物語にありきたりな着地など知るかとばかりに、結城ぴあのの歩みはあまりにも力強く輝いていた。その瞳は最初から最後まで人々の手の届かないほど遠くを向いている。そんな光り輝く物語だったからこそ、次の大型ハードSFを切望していた。
それが今となっては難しいことを、後書きで著者が語っている。

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SFはリアリティを担保するために、多くの「嘘ではない」ことの中に「嘘」が入り混じり、その条件下で思考実験が展開されてゆく。もしかしたらあり得るかも知れない未来に心を躍らせることが出来るから、SFを読むのだと思う。
もちろん物語は必ずしも心躍らせるものばかりとは限らない。起きて欲しくない嘘を元に展開されることもある。平時においては、そういう嘘も「まあそういうこともあるかも知れない」程度に受け止めながら読む。

だが今世間は、そして世界は平時ではない。三流SF以下のような大混乱に陥っている。正直そのことについてあまり書きたくはないが、現実である。
このような時に物語を読む・得ることの意義を自分に投げかけてしまう。物語は結末がどうであれ、曲線としては整理されているものだ。現実は整理などされていない。「いや物語中だと何だかんだあって落ち着くところに落ち着きますけどね、本を閉じた後の現実はそんな救いのある状況じゃないんですよ」と、無力感を覚えそうになる。
従って、精神的にタフなわけではないのでせめて読む本…というか摂取する情報については、幾らか絞らざるを得ない。プロジェクトぴあのは比較的影響が薄い部類の物語だが、それでも「どの方向も行き止まりで、未来なんかないのかも知れない」みたいな一節や、途中で遭遇するスーパーフレアによる経済的打撃のくだりは流石に読んでいて苦しくなる。もっとも、物語においてはその閉塞感は主軸ではなく結城ぴあのがグングンと突き進むのでほんの一瞬程度で済むのだが。
一方、パンデミックそのものを扱う「復活の日」や「天冥の標」の特に第2巻などは、今の気分ではとても読めたものではない。


しかしひとつだけはっきり言えることは、本の虫とまでは言わずともSFを好き好んで読んで来たことは無駄ではないどころか、タフな精神を持ち合わせていない自分にとっては今重要な補助になっているということだ。物語を読み進めながら、自分はどう動くだろう? 何を考えるだろう? という想像をする。そうして想像して来たことが間接的には役立っている。
「自分に出来ることは限られている」「その範囲内に限っては努力はする」「個人が世界を変えることは出来ない」「せめて手の届く範囲内で意識を変えることを試みる」「そこまでしてやってもどうにもならないなら、それはもう野となれ山となれでしかない」「変に憶測で希望的観測や感情を持たない」。そして自分自身の精神衛生を守るため、平時であれば広げる情報のアンテナを縮めること。
2011年の地震の時にも感じたが、先の見えない不安に対する個人の気ままな発言は良くも悪くも無責任で、受け止める側の心境など誰も知ったことではない。自分としては感情を切り捨て粛々とやるべきことをやり時期が過ぎるのを待つしかないと思っているが、非常事態にSNSは雑音の発信源でしかなくなっている。SNS黎明期だったら違ったかも知れないが、残念ながら今は全体像としてそうではない。だから今は自分という範囲を、本当に必要な部分にまで縮めないととてもやりきれない。


平時でないと出来ないこと・平時でないからこそ役立つことというのが、これほどはっきり実感する機会もないだろう。色々落ち着いたらアンテナを幾らか戻し、そして摂取範囲を幾らか縮めているSFもまた手広く読みたいと思う。いつしかまたやって来るかも知れない何らかに向けて、想像と思考実験を養うために。

もし仮に。
運が悪く人生が道半ばで終わるようなことであったとしても。
ウチは11年程前に人生の延長権を得たような人間です。そのエクストラステージが終わるだけなので、やり残したことが大量にあっても悔いがないと言えばないのかな。あの延長なかったら今頃自分で命を断ってたはずですので。
手にした以上、エクストラステージが少しでも長持ちするようには足掻きますけどね。人間の足掻きなんてたかが知れてるとは思うけど。