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呉/江田島・佐世保/長崎・舞鶴探訪記(総括編)

艦これを始めて3年強になる。
自分の中で艦娘というのは「人のかたちをした導き手」という擬人化本来の機能を変わらず果たし続けている。ビジュアル的にこの艦娘がかっこいいかわいいとかはあるけれど、それはまた別の話だ。
旧海軍の艦船や、海自の護衛艦の名前を見た時、同じ名前・由来の艦娘がいればまずそちらを思い浮かべる。そこに紐づく形で過去の歴史や現在について記憶から引っ張り出すなり調べたりする。それで良いのだ。人は人のかたちをしたものは認識しやすいのだから、単に艦の形やテキストだけで紐付けるより余程憶えるというものなのだ。
そのような位置づけであることから、飽きたからといって用済みとなるような扱いはない。艦これを超える規模の擬人化が出現でもしない限り、導き手としてこれからもずっと機能をし続けるだろう。

さて、艦これを始めて1年ほどは、最寄りの旧鎮守府ということで横須賀によく足を運んでいた。しかし横須賀だけを見て他を見ないというのは「それはちょっと無いな」と思うようになり、順に巡っていったのがそれからの2年となった。以下、備忘録も兼ねた各地の印象や参考にした書籍・サイトなどを記すとする。

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■呉・江田島

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呉・佐世保舞鶴のうち、最もアクセスしやすく最も規模が大きいのも呉。
広島空港は山の上という大変辺鄙な場所にあるが、空港から呉直通のバスが出ており、現地で切符を買うだけで良い。飛行機の到着が遅れた場合はバスの方が調整してくれる。うっかりバスを乗り間違えて広島駅に出てしまっても、呉までは50分程度といったところでそれほど遠くはない。


▼参考にした本

呉・江田島・広島戦争遺跡ガイドブック

呉・江田島・広島戦争遺跡ガイドブック

 

呉・江田島の史跡巡りは実質的にこの1冊で事足りるほど極めて優秀な本。読んでみればすぐにわかるが「これを全部行くのは無理だ」というような膨大な量が掲載されており、その全てが詳しい。もとは7年前に刊行され映画「この世界の片隅に」の公開にあわせ増補改訂版が発売されており、今なら入手が容易でもある。
呉への旅行予定がなかったとしても勉強になるし、旅行にあたっての予定を組む際も大変頼もしい。「つべこべ言わず買え」とまで言える本。

▼参考にしたサイト
海上自衛隊呉地方隊:日曜日の一般公開
http://www.mod.go.jp/msdf/kure/info/facilities/

海上自衛隊第1術科学校:見学案内
http://www.mod.go.jp/msdf/onemss/kengaku/

呉へ行くにあたり気をつけたいのが、基地および庁舎の見学は事前予約が必要になっている点。旅行した時にはまだこの制約がなかったが、毎週公開しているにも関わらず基地見学者がかなり多く、セキュリティや混乱の都合でそのように変更したのかなという気がする。
なお江田島にある第1術科学校の見学には事前予約が必要ない。


▼印象や見るべきポイントなど

仕事や金がどうとでもなるなら引っ越したいと思っているほどお気に入り。過ごしていくのにちょうど良いような賑やかさと穏やかさを備えていると感じた。休日はボランティアガイドが積極的に活動していたことも印象的だった。
また呉は米軍基地が横須賀や佐世保のように大々的に展開されていないので、そういった意味でも旧軍港都市としての雰囲気を強く伝えている。

見るべきポイントとしては真っ先に長迫公園(呉海軍墓地)を挙げたい。膨大な数の慰霊碑が並んでおり、物言わぬ歴史の悲痛さと重みが辺りに漂う静かな場所。それ自体が口を開き語ることはなくても、感じる何かはあるだろう。
江田島へはフェリーに乗る必要があるが、面倒がらず行くことを勧める。ここには改装時に取り外されたおかげで沈没から免れた戦艦陸奥の砲塔の現物が残っているからだ。今でも訓練に使われているとのこと。
陸奥と言えば、大和ミュージアム前に展示されている陸奥の41センチ主砲と、今年の夏にお台場船の科学館前から横須賀ヴェルニー公園へ移設された41センチ主砲は同じ4番砲塔のものだそうだ。呉が左砲で横須賀が右砲。どうせなら両方見ておくと良いと思う。
海自基地は在籍艦が最も多いことから、よほど出払っていない限り結構な数を一度に見ることが出来る。

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佐世保・長崎

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佐世保へ向かうには長崎空港を経由、そこから乗り合いのシャトル便を利用する。このシャトル便には予約が必要で、争奪戦になるほどでもないとは言え予め手配する必要があることから、呉よりは若干のアクセスのしにくさを感じることは否定出来ない。佐世保から長崎へは普通に電車で移動した。


▼参考にした本

呉に行った時はまだこの本が発売されていなかったので、佐世保から参考にした。紹介としては広く浅くの方向で、この1冊では到底まかない切れないが、各都市の雰囲気を掴むには十分だろう。個人的には艦船オススメ撮影スポットの紹介が、行動範囲を決める足掛かりとして役立った。実際には紹介されたところ以外からも見ているが、何も情報がないよりかは遥かに良い。


▼参考にしたサイト
長崎空港-佐世保間 定期シャトル便
http://www.jumbotaxi.info/


出発30分前までは受け付けているそうだが、早いに越したことはないだろう。

▽歩鉄の達人:廃線探索 ジョスコー線http://www.hotetu.net/haisen/Kyushu/120709JapanOilStorageCo.html
▽近代化産業遺産 総合リスト
http://kourokan.main.jp/heritage-sasebo.html
海上自衛隊佐世保地方隊:艦艇一般公開
http://www.mod.go.jp/msdf/sasebo/2_pr/1_kurasima/
▽さざなみ壊変:艦これ 世界遺産候補の長崎造船所には武蔵を建造したクレーンが残ってるぞ!
http://sazanami.net/20131117-kancolle-musashi-mitsubishi-nagasaki-shipyard-gantry-crane/


呉があまりにもよくまとまりすぎているだけとも言えるが、佐世保は1箇所にまとまった詳細な情報源にはやや乏しく、検索しては足していく作業の繰り返しとなった。何処を巡るのかを決める点では呉・佐世保舞鶴のうち最も手間がかかっている。艦これを機に来訪した人も多いので、そちらも参考とした。
歩鉄の達人(http://www.hotetu.net/)さんの情報量は驚異的で、舞鶴来訪の際も参考にさせて頂いているが、実際に歩いてみるとひとつひとつが結構な距離だったりしているので、とんでもない労力がかかっていることを身をもって経験した。このような方がいるおかげで、知り得なかったことを知る機会が出来たというものだ。感謝しかない。

近代化産業遺産リストでは佐世保のれんが倉庫が集中的に取り上げられており、佐世保もまた数多くれんが建築が残る地なので大変参考となった。なお呉と違って佐世保の海自基地に予約は必要ない。
長崎についてはさざなみ壊変さんを参考にさせて頂いている。


▼印象や見るべきポイントなど

駅を西に出て横断歩道の先がすぐ港。行った日は海保の船が駅から100mくらいの距離には停泊しており「こんな近くに!?」と驚いたのを覚えている。しかも船は間近まで寄って見て良い状態となっていた。穏やかな雰囲気あってこそ成り立つのだろう。JRの横須賀駅から水辺までも距離感は似たようなものだが、そこまで間近に海自・海保の艦船を見ることは出来ない。
地方都市としての賑やかさは呉と似たような感じで買い物にも不便は無い。港はその中心部を主に米軍が使用しており、佐世保公園ではすぐ脇で米軍の軍人さんが走っていたりもした。街なかであちらの方をよく見かける感じは横須賀に似ている。

個人的な見所としては正規空母赤城の三段甲板→全通甲板改装や戦艦武蔵の艤装工事が行われた佐世保海軍工廠第7船渠(廃線探索:ジョスコー線で言うところの⑩辺り)、海上自衛隊佐世保史料館、それと東公園(東山海軍墓地)。呉ほどではないにせよこちらの海軍墓地も結構な敷地面積と数多くの慰霊碑が並んでいる。
れんが建築物は近くで見ることが出来るものとして、西九州倉庫前畑1号倉庫が良い。市の景観デザイン賞にも選ばれたことがあるらしく、ものすごい重厚感と威厳を放つ建物だった。

長崎については三菱重工業長崎造船所史料館は外せない。企業敷地内につき直接行くことは出来ないので、長崎駅前から専用バスで行くこととなる。その近くには戦艦武蔵が建造された同造船所第2船台、および明治日本の産業革命遺産に認定されたジャイアント・カンチレバークレーンがあるが史料館側からでは見えにくい(というか近すぎて全部が見えない!)ので、反対岸から見ることになる。グラバー園は見晴らしこそ良いものの距離が若干離れてしまうので、小菅修船場跡へ向かう途中で見るのを勧める。
小菅修船場跡は只の使われなくなった跡地にしか見えないが、ここの小屋が現存する日本ほぼ最古の本格的れんが建築。舞鶴の赤れんが博物館でも紹介されている。

あと板焼妙高がめっちゃ美味かった。佐世保はともかく長崎の艦船絡み以外の観光が足りていないので、次に来訪した時もまた行こうと思う。

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舞鶴

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空路経由で行けない、または行きづらい街。京都まで新幹線で向かい、そこから特急まいづる号に乗って東舞鶴へ特急料金込みで3,340円。広島空港~呉のバスで1,340円、長崎空港佐世保のシャトル便で1,500円に比べると明らかに金がかかる。旅行している時点で交通費が余分にかさむくらいは気にするものではないが。


▼参考にしたサイト
舞鶴市舞鶴日本遺産構成文化財マップ
https://www.city.maizuru.kyoto.jp/kyouiku/cmsfiles/contents/0000001/1467/2nihonisan.pdf
まいづる観光ネット:パンフレット・ガイドマップ
http://www.maizuru-kanko.net/pamphlet/index.php
▽歩鉄の達人:廃線探索 中舞鶴線
http://www.hotetu.net/haisen/Kansai/160228nakamaizurusen.html
▽歩鉄の達人:廃線探索 日本板硝子舞鶴工場専用線
http://www.hotetu.net/haisen/Kansai/160228nihonitagarasumaizurusenyousen.html
海上自衛隊舞鶴地方隊:見学に際して
http://www.mod.go.jp/msdf/maizuru/kengaku/index.html

旧軍港4都市が日本遺産認定されたことを受けて作られたパンフレットに、元が何の建物だったかまで細かく掲載されている。呉なども同様にパンフレットは作成されたもののこんなに詳しくはない。「パンフレットは大体あんまり役に立たない」と思いがちなところで衝撃を受けたとともに、大変役に立った。7〜8割くらいこれで足りていて、あとはこれを足掛かりに検索。
歩鉄の達人さんはここでもお世話に。舞鶴佐世保同様、海自の見学関連に予約は必要ない。基地・記念館だけでなく航空隊も見学が可能というのは、呉と佐世保にはない特徴だ。


▼印象や見るべきポイントなど

旧軍港4都市の中で人口が8万人台と飛び抜けて少ない。呉や佐世保は23~25万人。とても一大地方都市とは言えず「地方のまち」でしかない。そのため、夜に観光客向けのメシ屋を含むスポットを探すのにも苦労する。かなり静まりかえってしまうため、結局日没後はホテルの中か近くのスーパーマーケットでその日に水揚げされた地元のものを部屋で食うか、といった感じになった。メシにあまりこだわらない自分でもこれはちょっと厳しい。
また東舞鶴駅舞鶴湾から徒歩15分くらい離れているので、駅を降りた直後は港町らしさを全く感じない。とりあえず駅を北に出たら線路沿いを西に歩くと、元は中舞鶴線だった4車線ある大きな通りに出るので、そこから北~北西へ向かう。そのまま旧線路が転用された道を辿って舞鶴湾に出るコースを強く勧める。でないと「ここは本当に港町か?」と困惑することになるだろう。

米軍基地が展開されていないため、(米軍エリアが狭い)呉と似たような雰囲気は多少は感じるだろうか。しかし賑やかさ加減ではもう全く比較にならず、港や記念館には気がつけば観光客は来るのだがそこ以外が本当にさっぱりという印象が強かった。
訪日外客は全く見かけていない。自動車の交通量自体はそれなり。

見所としてはやはり赤れんが倉庫群、特に赤れんがパーク内のあの建ち並び方はやはり素晴らしいものがある。イベントスペースや記念館として地元に密着する形で転用されているのは、今に生きる歴史として高く評価出来よう。
隣接する赤れんが博物館では、舞鶴だけの紹介にとどまらず全国の赤れんが建築物に関して広く紹介されている。「赤れんがの建物? まだそこそこ残ってるよね。横浜とか」みたいな大雑把さでなく、どういう経緯でといった学習がきちんと出来る。こういう知識は学生の時にもっと知っておきたかった。
パンフレットでは触れられていないが、ここにも海軍墓地がある。その場所となっている共楽公園は桜の名所ということで、春先に行くのならそちらも楽しめるだろう。

海自に関しては在籍艦は多くないものの、海に突き出る桟橋がない代わりに1km弱真っ直ぐに続く岸壁があり、一直線に艦が並ぶのが特徴。端から端まで歩いて見るだけでかなり充実感を得ることが出来る。桟橋は丹後街道のすぐ横にあるため、大型艦が停泊の際は道沿いからかなりのインパクトをもって見えることだろう。

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■平和産業港湾都市 旧軍港4市 - 横須賀・呉・佐世保舞鶴
http://www.kyugun.jp/

本来であればサブblogなんかでなくメインで取り上げるべきと思いつつ「写真が多すぎて整理がつかないから体裁が整えられない」といった理由でこちらにした。
歩いた距離は呉・江田島で33km、佐世保・長崎で50km、舞鶴で55kmで計138km。江田島と長崎で一部バス・タクシーを利用した以外はとにかく歩き倒した。自分の足を動かさなければ、他人の運転する何かでは景色は覚えにくい。

この世界の片隅に」で、再び呉が注目されている。先にも述べたように、旧軍港都市の中で呉はアクセスがしやすい部類となる。史跡を巡るにあたっての良書もあり、まずは呉に行こうと今だからこそ強く勧めたい。
語らずともそこにあり、今に残る歴史。ただしいつまでも残るとは限らないもの。
遠からず、また自分も再来訪をしていきたい。