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スターオーシャン:アナムネシス発表によせて

スターオーシャンアナムネシス公式
http://www.jp.square-enix.com/soa/


スターオーシャン(SO)のソシャゲ「スターオーシャンアナムネシス」(SOA)が発表されたのでその辺りで書いてみる。ソシャゲにおけるガチャの是非の話は、やりだすと面倒なことになるので一切省く。主に設定とかそっち方面の話で、そういうことを気にしている奴もいるのだという備忘録的に。

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今回はSO5から2年後の話ということで、この2年後というのはSO2と外伝・SOブルースフィア(GB/GBC用)の関係と同じだったりする。シリーズ最新作と銘打ってはいるが、位置づけとしてはあれと似たようなものと見ていいだろう。
多分それだけであれば、「外伝かー。いやーソシャゲだしなー」で済ませていたのであろうが、新キャラ・イヴリーシュが「シリーズのキャラを呼んでくる」戦士召喚というヤバい紋章術を備える設定を持っていることで、見逃すわけにはいかないものとなった。

何がヤバいのか。
SOシリーズはエターナルスフィアという宇宙を舞台にしており、これがシミュレーテッドリアリティであること、また紋章とはエターナルスフィアを構成するプログラム言語であり、紋章術はプログラムの直接書き換えによる事象操作であることがSO3で語られている。そしてシリーズで最も未来を描いているのがSO3(宇宙暦772年)で、SO5およびSOAはそれより過去(宇宙暦537~539年)だ。
いくらプログラム書き換えとは言え、確定していない未来の存在を "過去側" から本来呼び出せる筈がない。しかしSO3のキャラが登場することは判明していて、この矛盾がもうヤバい。本来あってはいけないことが起きているのは、先立って公開されたトレーラーにおけるSO3の扱いからも一目瞭然、


【SOA】スターオーシャン シリーズトレーラー 『コロの宇宙暦講座』


コロが「おかしいですこれ」と最後で言っている。ということは、あのイヴリーシュというキャラは宇宙暦539年にいながら本来その時代にはそぐわない存在であり、SO3の時代以後またはエターナルスフィア外(Four Dimension世界?)の存在ではないかと推察される。
そもそも時空を超越し過去へ行くことの出来るタイムゲートが幾重にも厳重に警備保護されている一方で、それをも超える能力を持つ存在がカジュアルに放置されていること自体もおかしい。強大な能力を持つものが1人の人間の中に収められているサマは、別作品で例えるならば「トップをねらえ2!」のノノみたいなやつなのである。本人がその気になれば何でも出来てしまう。下手すると…いやしなくてもシリーズの根底にまで関わるレベルの危険度、そういう存在がイヴリーシュなのだ。

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ソシャゲというのはサービスを開始してもいつまで続くかはわからない。そのような先行き未定の中で、穏便に済ませればいいものをシリーズでも特に危険な設定を盛り込んでくるあたり、「一応この辺まで語るのがSOAの役目です」みたいな目論見が恐らく既にあるのではないだろうか。具体的にどのように語るかも気になるが、それが既に織り込み済となるSOAより後のシリーズ作の扱いの方が個人的には興味深い。

本来であれば、このような宇宙の歴史と設定をドーンと用意して、その中で適宜拾って語っていく叙事詩的なものは小説の方が向いている。それをRPGとして展開出来たことは、シリーズ開始当初はコンシューマ全盛期でRPGブームであったことが大きい。
時代も変わって、開発規模と採算からコンシューマ単独でやっていくことは中々厳しい面がある。今時このような存在を新たに立ち上げるのは、難しいどころかシリーズもののRPG自体が減り続けているわけで、なんとか時代に合う形でこのシリーズが続くことを願いたい。そして出来ればSO3より後の時代のことを語って欲しい。
あの後、エターナルスフィアがひとつの独立した存在となった後のことがずっと気になり続けているからだ。

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シリーズの個人的な好みで言えば、自分はどうやらSO4がゲーム的には一番好きで、物語・設定としてはSO3が一番となるようだ。
SO4はサイトイン/アウトで敵の攻撃を避けるダイナミックさがとにかく楽しい。SO3は一番大事なことを語っているし、設定資料集「ETERNAL MATERIALS」は未だもって手放せないバイブル的存在だ。SO5はシリーズを現行機で再始動させたことに意義がある。ゲームの一周が然程長くないが、それはSO1と同じだしSO3みたいに周回プレイがしんどいのも問題なので、あれはあれで別に批難するものでもない。設定的にもムーンベース周りが補完された役目というものがある。それぞれにちゃんと良さはある。

キャラクタとしてはSO3のネルもお気に入りながら、SO4のジオットがあまりにも好み過ぎるのでSOAではぜひともプレイアブルでお願いしたく。SO4で叶わなかった夢が叶うとしたら、多分ここしかない。
多種多様な描き下ろしやプレイアブルが実現するのであれば、サントラとあわせて設定集も発売されると嬉しい。やっぱりこのエターナルスフィアという世界観が、自分は生涯忘れられないほどに好きだから。少しでも後に残る形となって欲しいものだ。

ミクロとマクロの間を繋ぐ

あと1ヶ月と少しもするとイルミネーションの季節がやってくる。
都市の景観にはミクロ的なものとマクロ的なものがある。イルミネーションは前者で、後者は高い所から眺めた時など。自分が都市景観として好きなのは前者で、理由は各々の構造物だ。構造物とはその「隙間に潜むロマン」なので、近くて良く見える方が良い。


そんなミクロな景観に彩りを添えるイルミネーションとは、つまるところ構造物に構造物をかぶせること。あの季節限定で都市にレイヤーがひとつ増える。その光は計算して配置され、計算された輝きを放ち、「隙間に潜むロマン」が増える。撮って回っている時は複数人組を非常に多く見かけるが、独り身で見るイルミネーションというのも十分過ぎるほどに楽しい。


しかしミクロな景観ばかり追いかけていると全体が繋がらない。
ここ最近自分の中で課題になっているのはマクロの方だ。日頃の移動手段に地下鉄が多いのもあって、生まれも活動圏も東京にありながらこのメガロポリスを知っているようで驚くほど知らない。都市はひとつひとつの土地と人の連なりで出来ているのに、地下鉄はそれを無視した動きで突然目的地に現出してしまう。便利ではあるのだが。
そのせいで目に飛び込んで来さえしないものが大量にあるのが今更ながら悔しい。繋げていかなきゃと思う。地図を見ていてもあんまり実感としては湧かないので高いところなり行って実際に確認しなければいけない。歩かないと覚えない。


それに、見ていても(当たり前だと思いすぎていて)見落とすことだってある。そういう損失のためには東京を離れて見直す機会も、もっと増やす必要はあるんだろうなと思う。今年は年2回旅行するつもりがうっかり機会損失して例年通り1回になってしまった。悔しいという感情自体が抜けていた時期がちょっと長かっものの、最近はそれが戻って来た感じがしているので、うまいこと活用したい。
何とかしたいな、というのが見えてくると時間って全然足りないなと改めて思ったりした。

桜と共に思い出す、いつか想い出になった物語

いつか想い出になる物語。
自分がμ'sに入れ込むようになった2013年年初、早々に直感したのがこの言葉だった。この言葉はそのまま以後の決意ともなる。そうなろうとするために。

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流行りに乗り切れると限らない自分が、大きくなっていく流れの只中にいるのは珍しいことだった。そんな機会、次にいつあるかわからない。そしてコンテンツというのは必ず終わりがやってくる。喪失感で色々なものを台無しにする過去の失敗を繰り返さぬよう、想い出を作りつつも消費消耗し過ぎず、振り返ることが出来るだけの余地を残すようにしてきた…そういう3年強だったのだと思う。
想い出を作る方面で最もハイペースだったのは2014年。ワンマン以外のライブにμ'sが多数参加した年でもあり、行けるだけ行くことに努めた。友人にも色々助けて頂いた。

その勢いを受けて迎えた2015年のμ'sワンマンライブ。ここでストレートにライブ次回予告が出なかったことで違和感を覚える。またコピーライトの西暦が更新されないことからも「ああ、これは畳みにかかるな」というのを感じ取ることが出来た。劇場版で2015年のコピーライトが追加されたが、元の「プロジェクトラブライブ!」は2013~2015といった様にはしていないからだ。
更に2015年夏のファンミーティングツアーである。あれは感謝を兼ねる修学旅行のようなものだ。ファンミーティングツアー2017とかはないな、と思った。なお幕張と長野に参加し、とても楽しかったことは書き添えておく。

そんな違和感から、自分の中の流れも"以後"へ向けるよう心の準備を進めることにした。
それを言及回数の減少から鋭く察知した友人がいた。本当によく見ていると思う。興味を失っているから減っていたんじゃない。ここで大騒ぎしているといきなり襲い来る喪失感で動けなくなってしまう…いつか想い出にするためには長い準備期間が自分には必要だった。もう、あまりにも、それだけのものを受け取っていたから。


結果的には「いつか想い出になった物語」への移行はかなりスムーズに出来たと思っている。コミック連載あるしスクフェスもアーケードへ展開するなどμ'sを見かける頻度は減りつつも残っているが、減っていることへの喪失感や寂しさは然程ない。夏コミへの寄稿および同人誌編集に3月から8月まで関わっていたことも大きい。十分過ぎるほどのマージンは取っておいて良かったと思う。
3年と少し前の直感と決意は無事に果たされた。

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ファイナルライブ当日は桜が満開だった。
外濠から水道橋方面を見た時、川の両側を埋める桜並木は9つの魂を導くための道のようにも見えた。きっと1年に1度桜の季節がやって来ると、東京ドームに導かれる9人を思い出すのだろうと思う。
景色に感情は紐付けられ、感情はそこに置いていかれ再び出会って思い出す。未だに「恋愛の時空」を春になるたび聴いているように、最低でも年1度思い出すきっかけが出来たなら、μ'sとの付き合いはとても長いものになっていくのだろう。10年後も、20年後も。きっと。

想い出と共に生きる日々。あのかけがえのない日々。
感謝しかない。ありがとう。

 

サブblog開設のお知らせ

もう少し私的なことを綴るため、従来よりゆるりと更新しているblog『第五五六〇観測所』のサブ的なものを立ち上げることとしました。更新は不定期です。
従来のblogについて、閉鎖はありません。私的なものであればこちらに、そうでなければ本体にという使い分けになります。

誰得レベルの内容であっても、自分が後で読み返す目的も兼ねています。そのため以後、文調も第三者宛てにはなりません。
あしからず。