解き放たれる外見と抑圧

こんなものを目にした。

人は社会との接触で自分が定義づけられる。"かわいくなるワケのない自分という大前提" は、社会に抑圧され続けて "そうならざるを得ない" ことから来る諦めのようなものだ。
しかしVRは人間の感覚(主に視覚)をハックし、つまりそれは感覚の受容から成立する「自分と自分以外の関係」を根底から覆しにかかってしまう。自分を否定的に見るといったような都合の悪い部分もカットしてしまえる。関係性が変わることで、抑圧により生じていた "かわいくなるワケのない自分という大前提" さえも揺らげば、自分の主体性そのものも再構築を迫られる。
だから「かわいくなっていいかも」という潜在的欲求がここで芽を出すことになる。
とても面白い話だ。

元々この大前提は絶対覆らないものではなく、凄く頑張れば何とかならなくもなかった。女装とか、外観と中身の不一致から性転換するなどがそうだ。ただし社会は変わらず存在するし自分という外観も残るので、それと戦わなければいけない。打ち勝つだけのものを備えるには技術や時に覚悟もいる。
それに比べれば格段に「かわいくなっていいかも」の敷居は下がった。本当に。


この「俺が美少女だ!」というのはバーチャルYoutuberを抜きにしても確実に流れが来ていて、最近こんなのも話題になったりしている。

こちらは自分をかわいいと言ってくれる仲間が共にいる社会の実現である。元々2人同時だったのが4人になってしまった。これはヤバい。ちょっとまだ行けてないが是非とも誰かを道連れ…じゃなかった同士を見つけて行ってみたい。

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全員が全員「男に生まれて良かった」と思っているわけではないのだ。
おっさんにしてくれと頼んでもいない。ファッションも男の場合はぶっちゃけ女性の下位でしかない。男っぽい服を女性が着た場合とその逆での違和感を想像すれば一目瞭然だろう。
かわいくはなりたくても男として生まれたので社会が認めない抑圧は、人によっては意識しているかも知れないし無意識下でしかない人もいる(自分の場合は抑圧を意識している側にあったけど)。
別に性差を超えるまで行かなくても、VRの中なら若いとかってのもありだ。

大事なことは「気付き」にある。
感覚の受容から成立していることを忘れて、不変と思ってしまっていて案外そうではないことというのは、結構あったりもするものだ。そこから技術によって「気付き」を得ることは、自分の考えを変える手助けになるかも知れない。
社会に迷惑かけない範囲であればもっと自由でいいのよと技術が導いてくれるなら、それは正しい未来かなと思う。

この傾向、もっと流行って欲しい。

モノと共に生きる

BEATLESS アニメ公式
http://beatless-anime.jp/
■Analoghack Open Resource
https://www63.atwiki.jp/analoghack/

BEATLESSのアニメ放映が始まって2週。
アニメの率直な感想としては、作画面での省エネっぽさは否めない。動いていない訳ではないが、必要そうなところでコストをそこまで引き上げていないのでそう印象づけられる。省エネ作画でも楽しめる作品は幾らでも存在するが、これを作画が弱いからあかんと受け取る向きはあるだろう。まあそう思ってしまうなら仕方ない。
一方、脚本に関しては今のところ概ね良く出来ていて、地の文で幾重にも織り成し描写していく長谷せんせの文調にあって、原作から切り落とす取捨選択に大きな誤りがなくテンポが良い。何せ原作は649ページもあるので結構大胆に飛んでいたりするのだが、視聴しているとそれほど無理を感じることがなく驚いた。原作全14+1話に対し放映は24話あるので、この調子なら脚本面は心配なさそうかな? という気がする。
脚本会議にもアフレコ現場にも長谷せんせは参加しているそうだから、極度の解釈違いはないのだろうし。

ただこの脚本の取捨選択のセンスというのは、原作既読でないと比較しようがない。自分はアニメ化を「原作及びAnaloghack Open Resourceへの導入でありさえすればいい」と思っているが、未読勢はどう受け止めるだろう。脚本の良し悪しで追いかけるよりbuzzり具合でその時の覇権をどうこう言う層に多くを期待するものではないが、何らかの形で原作を手に取ったりAnaloghack Open Resourceへ踏み入る人が増えればなあと願う。
BEATLESSは入り口に過ぎず、その先が割と面白いことになっているからだ。

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BEATLESS世界の西暦2105年では、世界中にhIE(humanoid Interface Elements)という"道具"が普及している。その数は日本だけでも1000万体ということで、街中で人を10人見かけたら内1人は人間ではない。なのに見た目だけでは判断がつかない。
そんなhIEの行動は自律的ではなく、(人類を越えた知能を持つ)超高度AIの内の1体・ヒギンズが一括して担い、クラウドで制御をしている。なお人工知能に感情を入れ込むことは西暦2071年に否決されたという設定の通り、物語は最後までアンドロイドが道具であることが一貫される。
人間が頭捻ってもわからない論理で動き、感情を持たないのに持っているように見える人に見えて人でないモノが道を歩いていれば必ず見かけるレベルに存在するのは、現代人の感覚で言えばホラーそのものだろう。

この "実は危ない世界" というのはBEATLESSの外でより顕著になる。
同じ世界観を共有するSF短篇集『My Humanity』内「Hollow vision」では液状コンピュータが盗まれ、霧状コンピュータといったものまでが登場する。
またAnaloghack Open Resource活用の作例として2017年冬コミに長谷せんせが書かれた「電霊道士」では中国が舞台になっており、超高度AI・進歩八号が徳点と呼ばれるゲーミフィケーションを国民に徹底させ、その見返りとして死後に人格を高度AIとして残す…つまり超高度AIが霊界を作ってしまっている。隣の国に行ったら「あの世? 実在するんですよ」とコンピュータを指差して言われるとか、それちょっとというかだいぶ怖い。
その他Analoghack Open Resourceでの公開設定として「イギリスがメタンハイドレートを自動で集めようと超高度AI活用したら、生物系統まるごとひとつ作っちゃって中止になった」とか、「タンパク質と水を与えていればほぼ無限に大きくなる生体コンピュータ」とか、犯罪を行うための超高度AIが存在するかもだとか、ヤバい話がそこらじゅうに転がっている。

人類の尊厳も居場所さえも失われつつある世界観。驚くべきはこれを一定のルールを守ることで、二次創作フリーではなく一次創作として活用することを認める試みがもうとっくに始まっている点。自分のオリジナル作品だと言っちゃって良いということだ。BEATLESS(とスピンオフ「天動のシンギュラリティ」)ではその内の一部を、日本を中心に描いているに過ぎない。
長谷せんせ本人が作例作るだけでえらい面白いものが飛び出すので、触れる人が増えれば、ここからとんでもないものが飛び出すかも知れない可能性がある。
だからアニメを機にその先へと願っている。

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世界観の魅力とは別に、長谷作品の中で個人的にBEATLESSが最も好きである理由は、"機械に心を持たせるようなことはしない" まま人が人以外のモノを信じ続け最後にポジティブな答えがちゃんと出ているところにある。そういう関係性は大変憧れる。
人間不信が人格形成の根幹になっている自分にとって、少年期に信用出来る相手は人でなくパソコンだった。BASICプログラムやニーモニックを打ち、正しく打てばその通りに動いた。バグを引き起こしたり実行エラーが出る時は、大抵打ち込んだ人間の方が悪い。
学校に行けば非があるわけでもないのにいじめられたりもする中で信頼関係を築くのは難しく、家帰ってパソコンつっついている方がよほど安心出来た。

自分が生きている内にhIEのような存在と幸せな人生を過ごせるかってーとそれはちょっと難しそうなのが残念だが、人以外のモノをもっと信用出来る世界が少しでも早く訪れたらと思う。
人と人との関係より良い未来を選ぶことが出来るのであれば、人は人以外の知性ともっと手を取り合って生きて良い。BEATLESSはそのビジョンを示してくれたのだ。

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新春港巡り

f:id:Yumeka:20180103120237j:plain新年のお出掛けは横須賀から。
そんなつもりではなかったんだけど、昨年は丸々来ることが出来ていなかった。陸奥の主砲が船の科学館から移設された直後に訪れたのは一昨年のこと。その時は砲まわりの整備が完了しておらず、全て終えた状態を見たのは今回が初めてとなる。月日が流れるのは早い。

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今回のメインの目的は記念艦三笠。普段は外からしか見ることの出来ない操舵室内を、この三ヶ日だけ扉あけますとのことで久しぶりに乗船した。しばらく見ない内に更新または新設された展示がいくつも見受けられ、少し雰囲気が変わった印象。特にVR日本海海戦は、単にパネル見るだけよりは介入出来る余地があって良い。

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海自基地の停泊状況はこのような感じ。正月ということもあって長浦港も含め停泊数は多いことから、軍港巡りも久しぶりに参加することにした。この日は強い北風で、年末年始特別運行の猿島航路が取りやめになってしまったほどだったが、夏にガスったりしているのを見るよりかは全然気持ちが良い。寒かったけど。

f:id:Yumeka:20180103135315j:plain艦番号303だった掃海艦はちじょう。海自最後の木造船が除籍されたのは半年前だ。いずれ見ることすらも出来なくなる。いつまでここにいることになるだろうか。

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軍港巡りを終えて歩いているうち15時になったので、居酒屋空母信濃で昼から酒を飲む。予定では昨年末までの提供だった限定メニュー「山城スペシャル(メンチカツ+うずらの卵の串揚げ)」は、艦橋の材料にまだ余りがあるとのことで頂けることに。

ここに書かれた台詞と共に山城がボス艦をなぎ倒した、艦これ2017年秋イベの最終海域は大変アツいものがあった。艦これは運命の軛を総力戦で切り開き未来へと生きて進む趣旨でイベントや台詞などが作られているが、その最たる例を見たのがレイテを舞台にしたこの前のイベだったと思う。藤田さんの演技はとても力強く、そして西村艦隊は成し遂げ、見事生きて全員帰還した。
見届けたからこそ、このメンチカツは食べておきたかった。ありがとう、信濃さん。

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横須賀(来訪数それなり)・呉(2回)・佐世保舞鶴と旧軍港都市を巡って思うに、もし「どこへ行くにも遠い」という条件で「かつて鎮守府のあった軍港」という目的で訪れるとすると、申し訳ないがその点では一番面白くないのが横須賀だと思う。
海軍工廠のあったかなりの部分は米軍が抑えてしまっており、鎮守府庁舎は現存しているが通常時は見ることが出来"ない"。1~3号ドックも米軍基地内であり、これを市外の人が見るとなるとかなりの倍率を抜けなければなら"ない"。普通に訪れることが出来る範囲では戦前の遺構もあるにはあるが多くは"ない"。かなりないない尽くしなのだ。

横須賀の場合は、かつて軍港だったというより「基地のある港街」くらいで留めておいた方が良いだろう。そういう向きで見れば面白い店も多く、1回では楽しみきれないくらいの魅力はあるし、横須賀市もあの手この手で観光客を誘致出来ないかと積極的に手を打っている。一応イベント状況はチェックし続けてはいるので、何らか理由をつけて訪れたいつもりはある。


そういえば今年は3年に1回の観艦式だ。倍率は厳しいけど一度くらいは当たりたいものだなあと、軽めの横須賀再訪をしつつ思ったのだった。

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行け年来い年2017-2018

2017年の主だったことも概ね終わったので、個人的に印象深かった出来事を振り返る。

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ワルキューレマクロスΔ

2017年は「マクロスΔの世界展」のチラシを貰いに池袋パルコへ行くことから始まっている。

2016年4月以降はワルキューレを集中的に推す期間となっていて、その経緯は以前表のblogでまとめた通りだが、この企画展はその中で集大成となる2ndライブと連携を取る形で開催された。
その圧倒的な熱量で魅了してくれたワルキューレの活動も、2ndライブをもって終わるものと思っていた。そこから後ろの予定が何もなかったからだ。終わって欲しくなかったが、終わる覚悟でいたと言った方が正しい。

しかしながらその予想はどうにか外れてくれたらしい。2ndライブの様子をいち早く見られる機会として4月にワルキューレカフェが原宿に期間限定でオープン、公演から4か月という短さで2ndライブの円盤が発売。その後劇場版マクロスΔの製作と3rdライブの開催が発表され、これらとの連動企画としてスカイツリーでの大型コラボ決定するなど、結局2017年もワルキューレの話題が大きく途切れることはなかったのだ。実に素晴らしく、喜ばしい。
劇場版を終えると本格的に大ネタがなくなり、マクロスシリーズが次回作にシフトしていくと思われる。シリーズ最高の総合力を持っていると(ワルキューレのことを)自分は評価しているので、今一度「瞬間、完全燃焼」の気概で参加したい。

そういえばこの前のANIMAX MUSIXで、初めてJUNNAちゃんの歌声を目の当たりにして度肝を抜かれた人が多数だったようだが、「驚異の17歳」ではなく「もう17歳」だ。いけないボーダーラインを収録した当時、彼女は14歳だったのである。年齢不相応と評される期間は短い。その間にチャンスを掴み、より一層大きく羽ばたいてくれることを願うばかりである。


BEATLESS

5年前に本が発売された長谷せんせの作品が10月のマチアソビでアニメ化発表。これについても経緯は以前まとめている。
alpha碁に代表されるような数々のニュースの影響もあり、AIが人の領域を奪う可能性や、人との関係について話題になることが5年前より格段に増えた。本作はそこを集中的に掘り下げている物語で、あるひとつの「かたち」に決着をしている。現実の未来がどのようにAIと距離を持つかはわからないが、これからを考えるためのヒントが満載であることから、未来のための必読の書のひとつと言って良いだろう。

アニメ化においては原作のラストまで描かれることが決定しているそうだ。ただ物語をわかりやすくする狙いから構造は幾らかシンプルになるとのことで、他媒体へものを移すということはそういう制限がつきまとうものでもある。
どのくらい成功するか、はたまた全く話題にもならないかはわからない。それでも原作が今という時代に必要な著書であることは変わりなく、自分が長谷せんせの大ファンであることも変わりない。
来年はアニメ化というタイミングをキーとして、本作およびアナログハックオープンリソースに言及することが増えることだろう。


DJMAX RESPECT

これもこの前少しまとめたが、あの後すごいことになった。
このゲームに収録されている曲はDJMAX portable1と2から来ていて、元になったPSP用ソフトはそもそも日本用として発売されていない。RESPECTは正式にローカライズされたものだが、ローカライズというものは大体開発元の本国で出た後それなりに遅れて出るもので、RESPECTも例外ではなかった。パッケージは3か月遅れたし、楽曲パック第1弾:Trilogy DLCも本国提供から2か月ほど遅れている。
ところが楽曲パック第2弾:CLAZZIQUAI EDITION DLCでなんと日本側の提供が本国に追いつき、DLCが販売済地域全てで同時提供となった。更に(映像が政治的にマズすぎて)「伝説の削除曲」とまで言われたDJMAX portable1からの唯一の未収録、dreadnoughtがムービー差し替えで復活。ここに本当の意味でDJMAX portabe1&2の全曲復活が果たされた。RESPECT発表当初、誰がこの全曲復活を予想出来ていただろうか。ほとんどいないと思うけど。

ローカライズが本国と差がないということは、開発元とローカライズ側の関係が良好以上で手を取り合い進めていることの証だ。開発元もRESPECTの名に恥じないよう、諸問題を解決し後から曲を復活させてくるような根気強い努力を続けている。リブート作品のお手本でありつつ、これほどローカライズに恵まれる機会は珍しい。
RESPECT以前だったら「どうせ無理だろう」みたいに、あまり希望を持たず見守るしかなかった。今はそうではない。それはRESPECTが目に見える形で結果を出して来たからこそだ。来年も続く楽曲パックの提供で、1曲でも多くこのRESPECTに過去の曲が集まることを願う。
あの開発チームなら、それに近い結果は必ず出してくることだろう。そういう信頼が今ならあると言える。


スターオーシャンシリーズ

これもリブートの見本と言える展開が2017年に起きた。
昨年12月にスマホ向けでリリースされた「スターオーシャンアナムネシス」がそこそこ調子良いのか、これをシリーズの現行軸として悲願とも言えるスターオーシャン3の移植が実現、更にスターオーシャン4までもがPS4にやって来た。今、ナンバリングは2を除いた4作がPS4一台で遊べる状況になっている。
スターオーシャンシリーズは3で一番遠い未来を描き、4でその始まりを描いたことで一旦完結した扱いされているのだが、今や休眠IPとは言わせない勢いすらある。

昨今、スマホに移行したままコンシューマに戻ってこないIPが非常に多い。利益を考えればそれは恐らく間違いではないのだろうが、それで本当に良いのかと考える自分にとっては、DJMAXスターオーシャンが2017年に見せた「過去の資産を大事に抱えたまま未来を向かおうとする姿」は、かなり理想に近いもの。
どちらも来年もこの延長線で行ってほしい。スターオーシャン的にはブルースフィアをリメイクするか、VP2を移植するとかであろうか。もしナンバリングの6作目を作るなら3より未来の話にして下さい。


■新生ファイナルファンタジーXIV

このエントリを投下して一週間後、最新拡張「紅蓮のリベレーター」が発売。
その後の状況としてはエントリで書いた当時から特に変わりはなく、「そこそこ」でやってるし「世界と自分の摺り合わせ」もやっぱりどこか残り続けているといった感じ。twitterであんまり言ったりしてないだけ。

ひとつ問題というか課題だったのが、今までLSが8人ぴったりで活動していたところに自分を含め人が増えたため、8人コンテンツをやるにあたって人余りが発生してしまったことだった。
出来れば自分は気心知れてる友人らと(どうせやるなら)やりたいし、末永く遊ぶならその方が良い。そこに「仲間を便利屋扱いにしたくない」といった受け入れ側の考えもあり話し合った結果、一部メンバー入れ替えの2チーム制を採ることとなった。
実際「毎週土日夜全部あけといて!」となると、自分の活動状況的にはかなり息が詰まってしまう。この提案は自分にとっても大変ありがたいもので、以後運用面で問題は…多分起きていない。

身内に関してはそのような形でうまく回っている現況だが、LSの外の知り合いとの繋がりはどうしても「8人コンテンツは決まった8人でやる」だとか時間が全然合わないだとかで折り合いがつきにくい。
FF11に長く身を置き続けている身としては、フレンド誘って「ちょっとあれ行こうぜー」みたいなノリをMMORPGに求めているのだが、新生FF14は仕組み上そうなりにくいのが実態だ。
4.25だかで実装のエウレカが「150人規模でテストした」とか言ってるし、FF11でいうところのアビセアに近いのだろうか。新しい遊びを提供するものであれば、LS外の繋がりの持ち方はそこに希望を持ちたいなあとは考えている。


■旅行

呉へ3年ぶりに行った。楽しかったし何年か置いてまた行くと思うのだが、「他人の運転するものでは景色を覚えにくい」「免許の類は持っていない」ことの限界点がハッキリ見えてしまったのが今年の旅行だった。レンタサイクル利用で移動範囲は大幅に拡大したもののチャリは山の多い港町に向かず、坂+長距離であることから断念した箇所がいくつかある。
写真を撮りまくる身としては歩きが最強なのだが距離は稼げないし、これ以上を目指すとなると自動二輪を取らなければいけないだろうか…と悩んではいる。どうするかは未定。
来年は行けるようなら本土復帰50周年を迎える小笠原を予定。あとはアニメ版BEATLESS放映終了のタイミングを狙ってマチアソビも。


■その他

良いこととしては、幾人かから美味しいお店に誘って頂く機会が去年より増えた。大変ありがたい話で、そのように考えてくれる相手方との関係は大切にして行きたい。

一方良くないこととして、30年近く前に左腕の橈骨尺骨を折った際に痛めた神経が歳のせいか、いよいよ日常生活に影響を及ぼし始めた年でもあった。暑さ寒さ関係なく、手首の曲がりがちょいちょい悪くなることがままある。怪我した以上これは仕方がないので、悪化させすぎないよう付き合うしかない。折ってからでは遅いが骨折はしないのが一番だ。

仕事面では、しばらく落ち着いていた「するべき事務処理が出来ていない」ことで怒ることが非常に増えた。面倒なので怒りたくないがそうせざるを得ないことが増えた。愚痴っても進まないのでそれなりに手は打ってあり評価もされてはいるので、多分来年は何らかの形で改善はしていくものと思う。

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自分個人の来年の展望は今年の延長線上だと思っている。独り身だしコントロールはしやすい方の筈だし。それよりも最近は周囲の変化が大きく、自分も周りも含めた全体で見るとかなり色々変わってくる時期に、今年辺りから差し掛かっているよなあとは実感しているところだ。
それぞれ相応に対処し、なんとか乗っかっていきたい2018年。出来れば、良いニュースが少しでも舞い込んで来ますように。

Press X to Pay RESPECT "DJMAX RESPECT" !

DJMAX RESPECT[JP]公式
http://www.arcsystemworks.jp/djmax_respect/

私的には、あらゆるゲームを押しのけて2017年を代表する傑作となった。
そこには求めていたもの、そのものがあった。

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出会いは2005年5月、シリーズ第1作DJMAX Onlineが日本でサービスを開始したとほぼ同時。twitterより付き合いは長い。
システムやキービジュアルなども含め、露骨にビートマニアの真似であったことは誰の目にも明らかだった。なのでそれなりに触れるだけのつもりだったが、βテストから少しして「OBLIVION」が実装され衝撃を受ける。楽曲・BGアニメーション双方の完成度が非常に高かった。以後追いかけ続けるに至ったのは、この1曲が決めたと言っても過言ではない。

シリーズはその後、舞台をコンシューマ機へと軸を移す。システムがシステムなので日本で発売される気はしなかったし実際当初はされてこなかった。だから輸入してでも遊んだし、そのようなプレイヤーが一定層いたことで、DJMAX portable2では言語設定に日本語が標準搭載されるに至っている。

以後もシリーズは作を重ねていく。だが当然のことであるがコナミに怒られ、その対策としてシステムをいじらざるを得なくなり、相変わらず音楽とBGAの出来は良かったがプレイフィールは少しずつ失われていった気がする。DJMAX TECHNIKAをコナミが国内展開担当になった際は本当に嬉しかった(筐体数は少なかったし3は出なかったけど)が、それは上から下にオブジェクトが降ってくるゲームではなかった。

コナミとの揉め事が何らかの形で決着を見たことで、シリーズは途中から国内で正式に発売されるようになる。だがそれを手がけていたサイバーフロントが潰れた。コナミがその後を継ぐ様子はなく、そうこうしている内にDJMAXシリーズ自体の勢いが落ち始める。スマホDJMAX TECHNIKA Qがシリーズ最新作ではあるが、それも細々としたもの。

手元に残るシリーズ各作品を大事に扱うことで、その想い出を守って行くしかないのか。そう思っていた2016年5月、リブート作としてDJMAX RESPECTが発表される。日本で展開する気も満々とのことで、冗談かと思ったら本気だった。2017年7月、シリーズは本当にリブートして、国内販売は精神的後継作とされていたSUPERBEAT XONiCでの縁からかアークシステムワークスが担当することとなり、11/9に国内でも無事発売された。

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国内版も通常版・限定版を購入してはいるが、例によって日本版を待たずに海外版(今回は香港版)を取り寄せ、プレイは8月上旬に開始している。
OPムービーで泣きそうになった。公式サイドが「DJMAXは一度死んだ」と自ら言い、それを復活させると物語って来るのだ。タイトル画面では「Press ○ To Start」ではなく、「Press X to Pay RESPECT」となっていた。過去に敬意を払う。そして墓場を後にする。そこにはリブートに賭ける熱意が溢れていた。

システムは上から下にオブジェクトが降ってくる最初のものが帰ってきた。DJMAX portable3韓国版から数えても6年半ぶりで、更に「FEVERを発動するとハイスピードが上がる」システムや、ギアやノートに特別な効果を持たせる仕組みは排除された。快適化し音ゲーとして集中出来るようにしてきたのだ。
今まで比較的苦行だった各種解禁要素も、楽曲に関しては敷居が随分と低下した。多岐に渡るアチーブメントの中に解禁要素が散りばめられ、どの順でやってもいい。仮に達成出来なくても、やれる所から手をつけていく内にレベルやプレイ回数が積み重ねられ、そっちから条件を達成することで解禁が進む。解禁が細かくなったことでちょっとやってれば何かがどんどん開く、やめ時を見失いやすい仕様は嬉しい悲鳴。

ボリュームに関しても問題ない。DJMAX portable1&2に加え新曲が40曲追加された。このportable1&2+新曲群という構成は9年前に発売されたDJMAX Trilogyに似た部分があるが、今作の新曲はリミックス群などで数を稼がず、更に初期を意識している点が素晴らしかった。過去作と比較しても全く遜色なく、自然に溶け込んでいる。
BGAPS4にあわせ高解像度化され、音質も改善が見られる。一部ではビジュアルがリファインされた。過去の美化された想い出を蘇らせるためには必要な現代化措置で、そのためには携帯機ではなく据え置き機が必要だった…その判断は正しいと思う。


本当に、求めていたものがここにあった。
懐かしさと新しさ、画面の華やかさ。そしてプレイフィールの気持ちよさ。
DJMAXシリーズの先行きが厳しいからと、よその(ビジュアルを重視する)音ゲーDJMAXの幻影を求める必要さえなくなった。ここにそのものがある。

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そしてびっくりしたのが日本発売後のTwitterでの言及数の多さだ。元々システムがシステムだったので、どうしても日陰者的なイメージが強かったし、近年では話題にする人さえ減っていた。ところがどうだろう。どこにこんなにDJMAX勢が潜んでいたのかと思うくらい、言及数が多い。
墓場から蘇ったのはシリーズそのものだけではなく、プレイヤーもそうであったかも知れない。

音ゲーとしての完成度が高いことで評判は概ね良いようで、そのような話を聞いて新しくこのシリーズに手を出した人も見受けられる。初期曲が充実しているので、リブートする今から始めるというのはタイミング的にも非常に良いだろう。難易度は幅広く用意されているので、別に上を無理に目指さなくて良い。対戦もスコアシステムが変わったことで、コンボ繋ぎやスコア競いというより同じ曲を一緒に歌っているカラオケ的側面が強く、楽しむ場として純粋に楽しい。


今週末には海外版にてDLC第2弾も発表される。どこまでDLCで曲が拡充されるのか、そしてリブート後はどうしていくのか。楽しみは尽きない。
DJMAXシリーズの復活を心から祝福する。もう一度、ここから始めよう。